読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ブログ

タイトル考え中。MBTI、ソシオニクス、その他好きなことを自由に書いていきます。

ソシオニクス入門③〜意識と無意識〜

f:id:swpc5hate:20161025173938j:plain

MBTIの相性論、ソシオニクスの入門3回目です。

前回はソシオニクスのモデルAという理論の大枠を紹介しました。今回はこのモデルAの意識/無意識という大区分について紹介します。

モデルAって何?という方は以下からお読みください。

 

さっそくですが、INFPを例に、以下のような表を用意してみました。

モデルA(INFP)
意識 自我 ①内向F ②外向N
超自我 ④外向S ③内向T
無意識 超イド ⑥内向S ⑤外向T
イド ⑦外向F ⑧内向N

前回触れた通り、MBTIと違ってモデルAでは8心理機能がすべて残らず使われていることがわかります。そして、そこには意識/無意識という大区分と、自我/超自我/イド/超イドという小区分が存在します。

今回は意識/無意識という大区分を紹介します。

意識と無意識

ソシオニクス的には、人は大きく分けて意識と無意識の2つの部分から構成されていると言えます。しかし、意識や無意識とは何なのでしょうか?全く聞きなれない言葉ではないとは言え、なかなか曖昧な概念に思えます。

そういえば、ソシオニクスでは意識を「精神」、無意識を「生命」と呼んでいるらしいです。*1筆者はこれを知ったときに、古代ギリシャのビオス/ゾーエー概念が似ているかな…?と思いました。精神科医木村敏の著書では確かビオスは「個別的生」、ゾーエーは「一般的生」などと説明されていたように記憶しています。前者は今ここにいるかけがえのない〈私〉自身のことで、後者はヒトという種族としての〈私〉のことです。

とすると、ここでは、意識=「精神」=今ここにいる〈私〉、無意識=「生命」=ヒト一般としての〈私〉、くらいに考えるといいかもしれません。「精神」ときたら条件反射的に「身体」としたくなるところですが、必ずしも生命=身体ではないところがポイントですかね…。

ここから意識と無意識の詳細に入っていくのですが、その前に2つの世界について確認しておくことにします。外界内界です。外界は〈私〉の外側の世界、内界は〈私〉の内側の世界と簡単に考えておきましょう。そして意識は外界、無意識は内界とかかわります。

意識、今ここの〈私〉

まず、意識についてです。復習になりますが、ここでの意識とは、他の人と交換することができない、かけがえのない、世界にたった1人の〈私〉のことです。

意識の仕事は、一言で言えば外界とかかわることです。意識は、外界から情報を受信し、処理し、そして使用します。つまり、私たちは意識があるからこそ人や物とかかわれるわけです。

このように外界とかかわる意識は、さらに自我超自我という2つのブロックにわかれています。(自我と超自我、そしてイドと超イドの説明は次回改めて行いますが、ここでも一応軽く触れておきます。)まず、外界の認識は自我の専門です。自我は、今どういう状況なのか、周囲が自分に何を求めているのかなどを理解します。8ブロックのうち①主導と②創造がこの自我にあたります。一方で、外界への適応方法超自我の管轄です。超自我は、外界に適応するために自分は何をすべきかを考え、命令を出します。③努力、④急所はこの超自我にあたります。

 

無意識、ヒト一般としての〈私〉

意識と対立するのが、無意識です。こちらは、ヒト一般としての〈私〉のことでした。

無意識の仕事は、内界とのかかわりです。意識が外界から受信した情報は反響する形で内界へともたらされるのですが、無意識はそれを受信し、処理し、使用することとなります。

しかし無意識という名からわかる通り、内界でどのように情報が処理されたのかについて、私たちは意識することができません。その代わり無意識は、うっかり感情的になってしまったときなどに、言葉にできない形で存在をアピールしてくることがあります。

このように内界を司る無意識は、イド超イドの2ブロックに分かれています。イドは内界の認識に関わります。自分が潜在的にできることとは何かを把握するのがイドです。⑦抑圧と⑧指示がイドにあたります。そして、超イドは内界への適応方法を専門とします。超イドの役目は、自分が本当にしたいことは何なのかを見極めることです。⑤動員と⑥盲点がこの超イドです。

ソシオニクス的に解釈するとこうなる!

さて、意識と無意識のことがざっくりわかったところで、先の表に戻ってみましょう。

モデルA(INFP)
意識 自我 ①内向F ②外向N
超自我 ④外向S ③内向T
無意識 超イド ⑥内向S ⑤外向T
イド ⑦外向F ⑧内向N

この表を簡単に解釈するとすれば、以下のようになります。

外界とかかわる場合(意識):自分の感情(①内向F)と多角的な見方(②外向N)によって物事を理解するが(自我)、論理(③内向T)に基づきありのままの見方(④外向S)をしなければならないと感じる(超自我)。

内界とかかわる場合(無意識):独自の法則(⑧内向N)によって他人の感情(⑦外向F)をコントロールできるが(イド)、本当にしたいことは、知識や技術や能力を身につけて(⑥内向S)で正々堂々戦う(⑤外向T)ことである。

こんな感じでしょうか。そのうち全タイプの解釈もまとめられればと思いますが、今はこのへんでやめておきます。

次回は自我、超自我、イド、超イドについてより詳しく見ていきたいと思います。

 

*1:精神はthe mental ring、生命はthe vital ring。ringの訳し方がよくわからないので省きました。

広告を非表示にする