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双対関係――これが本当の最高の相性だ!

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ESTJ氏と絶縁したショックを未だに引きずっているのですが、そんな中で出会った人がESTPでした。ESTPは私の双対関係にあたります。理論上相性は良いとわかっていましたがそれでもやっぱり半信半疑でした、が、なんかもしかして相性本当にいいのかもね?と感じるようになりました。今日は双対関係を訳します。

 

前回の記事の終わりでも双対関係についてほんのり触れています。

ところで、出典元を見ると、双対関係に関しては、ソシオニクスの中心概念だからでしょうか、タイプごとのより詳細な相性の記述が膨大にあるので、そちらも訳していきたいな~と考えています。ひとまず今回は関係の概要です。

双対関係

双対関係は、相補性の原則から作られたモデルAに基づいた、理想的な仕方でフィットし合う2タイプの関係です。双対関係は、ソシオニクスの基礎概念であり、Aushra Augustaによって導入されたものです。

双対関係は、多くの水準でそして様々な方法で関わりを持つことができますが、そのおかげでこの関係は豊かなものになります。双対の2人はほぼいつでも相手に対して予期せぬことをもたらし、予期せぬやり方で影響を与えることになります。これは、双対関係においては、相手が十分自覚していない才能や問題や特徴が、自分にははっきり見えるからなのです。しかし、2人が完全に期待通りになるためには、心理的な壁を取り払う必要があります。さもなければ、不満が生じるでしょう。

双対関係では、一方の自我(①主導と②創造)が、他方の超イド(⑤盲点と⑥動員)の期待を満たします。同じように、2人の超自我とイドも、どちらの人生にも大して重要ではないのですが、お互いに相補的な仕方で関わっています。一方が超自我の問題に直面するとき、他方は健康的なやり方によって、たいてい間接的に、助けを出すことができます。

しばしばこの関係は、異性間のロマンティックな関係であると記述されています。しかし双対関係は、同性間、恋愛ムードではない友達関係、様々な環境(例えば職場)、異なる背景の人たちの間にも生じるということは、心に留めておくべきでしょう。

友達として

双対関係間の問題は、ほとんど奇怪な仕方で解消します。一方が、第三者の目には残忍で腹黒いようにうつるようなことをしても、他方はそれをしばしば無意味なこととして無視するのです。同時に、一緒に活動するときは、度々ロマンティックなムードになり、お互いにその活動を非常に有意味なこととみなします。

同僚として

最初は仕事場で双対関係の相手に気づくのは難しいかもしれませんが、一度気づけばすぐに、他の人たちとやるよりもはるかに楽しんで仕事ができるようになります。2人がかかわり始めると、「うわ~、なんで今までこの人に気づかなかったんだろう!」と不思議に思うことがよくあります。双対の相手は、別の同僚たちのしょうもない喧嘩から自分を守ってくれ、また、自分の基礎的でありきたりな業務を助けてくれ、人生をとても簡単でストレスフリーなものにしてくれます。双対の2人が交流しなくなるとき、それはしばしば2人を「現実」に引き戻す監督によってやめさせられるのですが、そういうときには業務を続けるのが時に困難にもなりえます。2人が関係を適切に培い、お互いに興味を持った場合には、E(外向)型は率先して、より親密な関係(友情か恋愛か)を作ろうとするかもしれません。

恋人として

 

恋愛は、人の機能におけるもっとも親密な領域に影響を与えます。そのため、この領域での双対関係は、人生に素晴らしい影響をもたらします。

双対関係間の恋愛の初期段階では、熱を上げている最中の他のどんな関係とも似ているように思えるかもしれません。しかし、違うのは、2人の心理的距離です。距離感は自然と縮まるので2人の心はリラックスし、他のほとんどの関係以上に2人はのびのびとすることができます。双対関係ではすぐに、相手が自分の弱点にあまり関心を示さないこと、そして相手が自分の弱点を非難するつもりがないことに気付きます。恋愛に発展すると、2人はただちにステレオタイプな恋愛から、2人にとって本当に自然で嘘偽りのない振る舞いへと移行します。2人はこの関係を通じて「自分を発見する」のだとわかるかもしれません。自分の本当の望みや自然なあり方を探し出し、社会の期待を無視することで、関係は本当に豊かなものになり、互いに喜び合います。もしこれまでに双対関係を楽しんだことがないなら、まず双対関係を体験すること、これがあなたの経験を変えることになりそうです。この関係の最初の段階では、新しい関係と自分の発見というワクワクするプロセスにエネルギーを注ぐために、しばらくの間社会から「ドロップアウト」することがよくあります。

熱がさめると、2人の安定した恋愛関係は大体の場合、茶目っ気という強い要素をもつ柔らかい友達関係に移行します。この関係が何年続いていようが、双対関係は、お茶目に相手の⑤盲点の機能を「くすぐって」、相手のスイッチを入れ続けることができます。相手の⑤盲点の機能が自分の①主導する機能にあたるために、このようなことが自然にというかもはや自動的に生じるのです。度々、自分がごくごくふつうの振る舞いをしただけでも、それが相手の⑤盲点の機能に関係するものですから、相手を笑顔にしたり笑わせたりすることがあります。長い期間を経ると、たとえそれが一般的な性規範と矛盾しようとも、2人は各々の自我に沿うように役割を分担する傾向にあります。こうすることで心理的な緊張がゆるみ、エネルギーを解放できるようになるのです。

恋愛中の双対関係はお互いの個性を発達させますから、異なる双対ペアは異なる振る舞いを見せることになるかもしれませんん。ある双対カップルは、いつも喧嘩しているように見えるかもしれません。が、実際には感情を表現し合っているだけで、どちらも個人的なこととは受け取っておらず、鬱憤を晴らしたりふざけて怒ったりするのは2人が開発中の「ゲーム」の一部なのかもしれないのです。別の双対カップルは、あなたが2人のことをよく知るまでは、ビジネスライクに、人前ではお互いに無関心にさえ見えるかもしれません。それぞれのケースにおいて、カップルのふるまいはお互いの自我の機能――特に①主導する機能――に集中するでしょう。

恋愛中の双対関係は、他のタイプ同様、イライラやストレスが生じたり外からのプレッシャーを経験したりするときには、衝突する要素も持ちえます。鍵となる差異は、本来の心理的な快適度と、双対関係において自動的に生じる壁の取り払いにあります。生じた衝突は、ふつう慎重に(これは双対ペアごとに違うことを意味します)処理されて、ついには2人の関係性と個性が高まることになります。

双対関係は「閉じられた構造」です。うまくいっている双対関係(免責参照)にある2人は、お互いの心理的欲求のほとんどを満たす自己充足的なユニットになるという意味です。2人は外部から隔絶していて接近不可能のように見えますが、自分の人生に不要な苛立ちやストレスを取り除く手助けをし合った結果、自分の取り組む活動や関わる人をちゃんと選べるようになっただけのことなのです。このような条件は自己実現を促すのですが、自己実現には、自分にとって重要なことだけにエネルギーを集中させ、その他の大部分を無視するのが必要なことなのです。

ほとんどの時間を一緒に過ごした双対カップルの中には、「自他境界がぼやける」ような感じを経験するカップルもいるかもしれません。この状況では、カップルは2人の間の違いをほとんど感じられなくなっており、全体の中の2つの部分としてではなく単なる全体性そのものとして機能しているかもしれません。ここには、相手についての事実上の概念からの、個人の身体的自己や名前という概念の隔たりがあります。これは、ついには相手を想像したりさらには描き出したりするのが難しくなるような地点にまで達します――まるで相手の姿をイメージしたり名前を聞いたりしても、しばらく会っていない別の旧友をさしているかのようなのです。この形の双対関係は「統合integration」とも呼ばれます。どちらの側も、相手抜きには自分のアイデンティティを十分に定義することができなくなっています。

免責

以上は――他の双対関係に関するおびただしい数の記述同様――、お互いに心から深い興味を抱き、本気で恋に落ちるということを当然視しています。多くのケースでは、双対関係は恋愛関係にはなりません。なぜなら、お互いに無関心であるか、あるいは2人の間には重要な差異があるのでそもそも関わろうともしないかだからです。双対関係は、特定の親密な心理的距離と関わりやすさを示唆しているだけです。もし2人が他の部分で合わないと感じつつもとにかく関係を築こうとすれば、心理的な快適さとは裏腹に、解決できない衝突が生じるでしょう。この結果、2人は活動の大半を一緒にやらなくなり、相手の内面にあまり興味を示さなくなり、誠実でなくなったり理解を示さなかったりします。このような関係なら完全には満たされることがなく、合うとは感じないでしょう。たとえ2人が合っていて上の記述のすべてを経験していたとしても、非ソシオニクス的なことがきっかけで2人が別れてしまわない保証はないのです。ただし、その可能性は多分他の関係よりは低いでしょう。

出会い

socionics.comによれば、「本性は私たちを少しだけ騙しています。全てのタイプがいる中からあなたの双対関係のお相手に気づくのは難しく、通り過ぎるのはもはや簡単です。ふつう初対面のときには、E(外向)型はI(内向)型の双対パートナーのことを月並みで単純な人であるとみなすので、個人的に注目する価値を見出しません。対して、I型はE型の双対パートナーのことを素敵な人すぎて手が届かないと考えます。どちらの立場も大抵、子供時代に双対関係を経験していない人が陥ります。」とのことです。

双対関係の2人がお互いに通り過ぎてしまうのは、初対面の相手を前にしたときには超自我を通じて行動しがちだからというのもあるでしょう。自分の超自我は、相手側には退屈なものとして受け入れられてしまうのです。

まとめ

訳していてうっとりとしてしまいました。雑にまとめると

  • 自分らしさがどんどん認められて育っていくので最高。
  • 社会なんてクソくらえだと思える。
  • でも初対面では相手の良さに気づけないことが多い。

という感じでしょうか。

冒頭に書いたようにESTJ氏と絶縁したあとでESTP氏と仲良くなっているのですが、2人のコントラストがすごいです。ESTJ氏に言われてウジウジしてたことを、むしろESTP氏は全肯定してくれるというか…着眼点は似ているのに評価が真逆なんですよね。具体例を挙げてみましょうか。

 ESTJ:「頭で色々考えてたって、言葉にしなきゃ人には伝わらんよ」

 ESTP:「言葉にするの苦手やね。でも色々考えてることは伝わるで」

とか。

ESTJ氏の言うことはもちろんよくわかります。間違ってるとも思いません。しかし、あまりに図星なものでグヌヌ…と胸が詰まってしまうわけです。恐らく相手もそういうふうにグヌヌってなっていたんじゃないかなとは思うのですが。対してESTPは、私の弱点がアウトプットであることを理解したうえで長所のインプットを褒めてくれたわけなのです。身体の緊張が一気にほぐれるような心地がしました。

次生まれ変わってINFPだったらESTJ氏とぜひ仲直りしたいところですが、現世では、自分の有限性に気づくきっかけを与えてくれたことを感謝するにとどめておきたいと思います。やっぱり、肯定されたいし。

 

出典: Duality - Wikisocion